「安楽死」という選択の自由。2016.05.17

 

これはわたしが今年に入って父の死という現実に直面して、残された認知症の母と、

30代前半でくも膜下出血で倒れ、その後遺症で身障者となった弟のことをかんがえたとき、

母が施設で生活をし、弟も成年後見人の先生のお世話になりながらも

一人暮らしをしていられるのは、父が遺してくれたもろもろがあるからなんだよね。

 

だからこそ母も弟も、ひとまず生活していけてるし、

わたしにも金銭的な負担や物理的な負担がなく済んでいるわけで。

 

 

でもコレ、お金がなかったら現実問題、大変だよね。

 

もちろん、わたしは母や弟に安楽死をさせたいわけじゃないけど、

もし父の遺してくれたもろもろがなかったら、

わたし自身が安楽死を選びたくなるような状況だったと思う。

 

わたし一人で、どうやって母親や弟の面倒をみろっていうの!!って、発狂してたと思う。

 

とはいえ、安楽死をするのにもお金がかかるのは事実だから、

「もう楽に死なせてください!」って言ったところで、それが実現できるかどうかは別問題。

 

 

ただ、こういう「選択の自由」ってのは、あってもいいんじゃないかなって思う。

 

実際にソレを選択するとなったら、またいろんな現実問題があるのはわかっているけど、

そういう小難しいことは抜きにして、そういう「選択の自由」ってのはあってもいいんじゃないかな。

 

 

どんなに貧困でも最後まで人生を生き抜きたいって人もいれば、

こんなにしんどい想いをするのであれば楽になりたいって人もいる。

 

選ぶのはもちろん本人の自由意思だけれど、そういう「選択肢」ってのが増えるのは、

けっして悪いことじゃないと思う。

 

 

ひと昔前なら、あたりまえとされていた「結婚」という選択だって、

今は「結婚しない」人生を選ぶ自由が、昔と比べたらだいぶ市民権を得ているわけだし。

 

そういう中でも結婚して子どもを産み育てる人はいるわけで、

どんなにいろんな選択肢が増えたとしても、

誰もがみんなそれに「わっ!」と飛びつくわけじゃない。

 

 

だったら「安楽死」っていう選択肢も、あってもいいんじゃないかな。

 

それを選ぶも選ばないも、それは本人の自由。

 

ひとつでも「選べる自由が増える」ってのは、悪いことじゃないと思うよ。

 

 

実際わたしだって、たとえ貧困の高齢者になったとしても、

いざとなったら「最後まで人生を生き抜きたい!」って思うかもしれないしね(笑)

 

 

 

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