【MOELOG】しあわせってなんだろう??2021.04.03

こんにちは、菅野萌です。

 

早いものでもう4月。

 

前回のブログ更新から3ヶ月近くが経過してしまいました。

 

今年こそはブログ更新を復活させようと思いつつ、日々の雑感やできごとはほとんどFacebookツイッターでことたりてしまっていることとあわせて、いまでは大半のことがスマホで済んでしまうこともあり、なかなかパソコンを開く機会もなくなってしまい、ブログを更新することがどんどん億劫になってしまってたんですね。

 

そんななか、つい先日、ようやく菅野萌の3本柱がみつかったんです。

 

それが【占い×男女×投資】の3つです。

 

 

以前どんなことでもいいから3つのことを掛け合わせると一気にオリジナリティが生まれると聞いたことがあるんですが、いままでなかなか3つめがみつからなかったんです。

 

どれもどうにも中途半端で、軸となる柱とするには決め手にならなかったんです。

 

ですが、この一年ちょっとの間にどっぷりと投資と向き合う日々を送り、とりあえず最低限の知識とスキル(経験)を身につけることができたのと同時に、おそらくわたしは一生、投資と向き合う人生を送るだろうなと思ったんです。

 

そしてそれは菅野萌の軸である「占い」「男女」の2つに匹敵する位置を占めるなとも。

 

 

いまのわたしの生活には、相場も占いも、そしてもちろん男女のことも、あたりまえのように根づいています。

 

そしてそれらを常に組み合わせたり掛け合わせたりしながら、「なにが自分にとっていちばんしあわせなのか???」ということを日々考えています。

 

逆にいうと、こんなことを考える余裕がある時点で、もしかしたらわたしはじゅうぶんにしあわせなのかもしれません。

 

人間、ほんとうに行き詰まっているときには、そんなことを考える余裕もないですからね。

 

だけど、と思うんです。

 

やっぱりこの先のことを考えたら、なにが自分にとってベストなのかわからないですし、そもそも自分がほんとうに求めていることはなんなのかも、たぶんわたしはまだ十二分に理解していないのかもしれません。

 

みなさんもそうかもしれませんが、面倒なことに世の中にはいろんな評価基準や雑音があり、なにが自分にとってのしあわせなのかわからなくなってしまうこともありますよね。

 

わかりやすいところでいえば「結婚することがしあわせなのか?」とか、「こどもを産み育ててこそ、真のしあわせが得られる」とか。

 

 

でもそうした世間的な基準に自分をあわせて、「そうしたものを持ち合わせていない自分が、周りからみたら不幸に見られるかもしれない」と思い、強がってしまう方もいるかもしれません。

 

もちろん結婚しているひとはひとで、こどもの有無をふくめて、それぞれの世界でさまざまなマウンティング合戦が、日々繰り広げられていることでしょう。

 

わたし自身も、自分の人生が他人からみたときめちゃくちゃなことも自覚していますし、いまの自分の状態が自分の追い求めているものなのか???と考えたら、正直よくわかりません。

 

ただひとついえることは、いままでの人生の選択に後悔はないけれど、それがベストな選択だったのか???と問われれば、それは正直よくわからない。

 

いや、おそらくベストな選択とはいえなかっただろうなと思います。

 

 

もう少し自分がガマンすることができたら、また違った人生になっていたかもしれない。

 

もう少し自分が相手に合わせることができたとしたら、もう少し違った人生になっていたかもしれない。

 

 

でもね、これらはけっきょくすべて「たられば」なんです。

 

ましてや人の性格なんて基本的に変わらないですから、これから先もなにかしら選択をする際には、やはり自分は過去と同じ傾向の選択をするだろうなと思うんです。

 

もちろん多少は過去の経験から学ぶこともあるとは思いますが。

 

 

しあわせってなんでしょう???

 

個人的には、そんなことをいちいち考えないで生きてる人が、おそらくしあわせな人なんだろうなと思うのですが、残念ながらわたし個人は、こうしたことを考えざるをえない人生を歩んでいます。

 

それが不幸なことなのか???と問われれば、とくに自分が不幸だとは思わないけれど、いままでイヤなことから逃げてきたツケが、月日を重ねるごとに多く回ってきているなとは思います。

 

あまり長生き願望がないことも、こうしたツケがたまっている結果のひとつだと思いますし、そもそもこんなことを考える時点で、たぶんわたしの人生は、そんなにいいものではないんだとも思います。

 

ひとつだけ恵まれているとするならば、こんなことを考える余裕がある、ということくらいでしょうか。

 

また、わたしの境遇がうらやましいというひとが皆無というわけでもないので、すべてはないものねだりといえば、それまでなのかもしれませんが。(とはいえ、そんなひとはごく少数派ですが)

 

 

ちなみに2019年の3月から「独立・革命」の星である天王星おうし座に滞在しており、この状態は2026年の4月頃まで続きます。

 

これはやぎ座生まれのわたしから見ると「愛やクリエイティビティ」を司る場所に、大きな変化をもたらすと読みとることができます。

 

わたしにとっては愛もクリエイティブな活動も自分の人生のなかで大きな主軸となっており、ここに革新が起こることは自分の人生に大きな革新が起こりうることを示唆しています。

 

もちろん未来のことなんて誰にもわかりませんから、どのようなことが具体的に起こるのかはわたし自身にもわかりません。

 

ですが、いま自分はこうした時間のなかに身をおいているのだ、と思うと、とくに愛やクリエイティブな活動においては、いろいろ思い悩んだり試行錯誤することにも大きな価値があるように思うのです。

 

 

止まない雨はない、明けない夜はない、ということばもあるように、どんなことにもいつの日かなにかしらの答えがみつかる日は来ると思います。

 

ですが、ほんとうの答えは自分の人生が終わるそのときまで、わからないのかもしれません。

 

自分の人生が終わるとき「ああ、わたしの人生はしあわせだった」と心から思えるのであれば、それがいちばんだけれど、はたしてどうなのか?

 

それはいまのわたしにはわからないけれど、それゆえに「自分がほんとうに求めていることはなんなのか???」ということは、常に問い続けていこうと思います。

 

またそれとあわせて、少しは自分に欠けている部分を補足することも視野にいれて。(ブログ更新を再開しようと思ったのも、そのひとつ)

 

 

 

 


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