今はこんなサービスがあるんですね2024.02.09

こんにちは、菅野萌です。

 

先ほどツイッターのタイムラインを眺めていたら、こんなサービスがあることを知りました。

 

既婚者同士のパーティー・キコンパ

 

すっかりW不倫の世界から離れて久しいので、まさかこんなサービスがこの世に存在しているなんて、本当にまったく知りませんでした。

 

まぁ言うまでもありませんが、元・W不倫専門カウンセラーのわたしからしたら、この後に待っている地獄しか見えないのですが、、、

 

 

まぁ悪いことだとわかっていても、他者からやるなと言われてもやってしまうのも人間なので、わたしからどうこう言うつもりはありませんが。

 

とりあえず個人的経験則から言えるのは、W不倫の結果、悩み苦しむことになるのは圧倒的に女性の側なので、迷いながらもW不倫の世界に足を踏み入れようとしている女性は、その現実を頭の片隅に置いて忘れないでくださいね。

 

たとえ一時的に現実逃避で幸せな時間を過ごせたとしても、それ以上の地獄が間違いなくあなたを待っていますから。

 

 

それにしても、なんちゅーサービスや、、、

 

 

 

 


人生経験値2023.08.06

先日から積読状態だった本の整理も兼ねて処分するものとそうでないものを分けているのですが、その際、目を通していなかったものに軽く目を通すのと同様、再度読み返しているものもあります。

 

そのなかで「これは最後に、もう一度読んだら処分しよう」と思って読み返したところ「これはまた読み返したくなる類の本だ」と思い、手元に残しておくことにしたのがカラテカ・矢部太郎さんのマンガ「大家さんと僕」

 

 

 

偶然にも4年前の同じ日にfacebookに「大家さんと僕」についての投稿をしていたことに気づき、個人的にかなりビックリしたのだけれど。

 

 

 

でもおかげで、この本をいつ買ったのかハッキリわかったから、よかったのですが。

 

 

「大家さんと僕」を久しぶりに読み返してみて気づいたのが、この本を買ったときよりも少なからずの人生経験値を積み上げてきたのだなということ。

 

正直、以前読んだときは、この作品がここまで人気があったことがイマイチ理解できなかったのですが、これは年齢を重ねれば重ねるほど大家さんの気持ちや心情が理解できるようになる作品なのだなと。

 

それは矢部さんと大家さんのやりとりがほっこりするだけではなく、大家さんの言葉ひとつひとつに重みがあり、とてもリアリティのある作品なのだなと。

 

そしてようやくわたし自身が、そのことに気づけるようになったのだなと。

 

 

わたし自身、2017年の終わりにヘルニアを患ってからというもの、常に左足には痺れがあり、一時期は階段の上り下りもできず、ふつうに歩くこと自体がとても困難な時期もありました。

 

いまは一段一段ゆっくりではあるけれど、とりあえず階段の上り下りはできるようになったし、歩くスピードはふつうの人とくらべたらかなりゆっくりとはいえ、それでも自分の足で移動すること自体のハードルはとても下がりました。

 

とはいえ長時間立っていること(また座っていること)は、どうしても腰に負担がかかってしまうので、日常生活では立ったり座ったり寝転んだりと定期的に体勢を変えるように気をつけているけれど、こういうのって自分が実際に経験しなければ、想像すらいきつかないことなんですよね。

 

またわたし自身、両親の他界をキッカケに亡き父と同じ投資の世界に足を踏み入れましたが、そこから新たに見えてきた世界というのも実際にあります。

 

そしてこれは偶然なんですが、初めて投資の世界に恐る恐る足を踏み入れたのが、まさに4年前なんですよね。

 

 

正直、いいことばかりじゃないどころか、つらいことや苦しいことのほうが圧倒的に多かった4年間だったし、いまも決してラクなわけではないけれど。

 

こうした経験は自然と人生経験値として積み上がり、何の進歩も成長もしていないようでいて、目に見えないところでしっかり血肉になっているのだなと思いました。

 

それにしてもこんな名作だったとは…

 

やはりお父さまが絵本作家の矢部太郎さん、お笑い芸人としての才能はないかもしれないけど(ごめんなさい)、こちらのほうの才能はしっかり受け継がれていたのですね。

 

これはまさに大人の絵本だ。

 

 

 


やっぱり紫微斗数2023.07.19

先日から、ずっと積読状態になっていた本を処分しようと本の整理を始めました。

 

その際、買ったまま一度も目を通していない本もたくさんあったので、処分の選別も兼ねて軽く目をとおしながら作業をしているのですが、この作業をつうじて今の自分の心理状態が見えてきました。

 

というのも、目をとおす前は「これは全部読みたくなるかも」と思っていたものほど、三分の一もいかないうちに読んでいて飽きてしまうのです。

 

逆に「これはもう必要ないから処分しよう」と思っていたものほど、あらためて目をとおしてみると、過去には見落としていたことや理解できなかったことに気づいたり。

 

そんな作業をしていて気づいたのは「わたしはやっぱり紫微斗数が好きなんだな」ということでした。

 

以前は仕事として紫微斗数と向き合っている部分が大きかったので、純粋に学びや研究を楽しむということがあまりできなかったのですが、今はそうしたことを考えずに純粋に勉強しなおしたり、研究していくことを楽しめるフェーズに入ったのかなと思ったのです。

 

 

正直、本の整理を始める前は「占い関係の本は本当に必要なものを残してすべて処分しよう」と思っていたのですが、こと紫微斗数の本にかんしては、やはり手元に置いておきたいなと。

 

 

 

個人的にはリアルタイムな星の動きは西洋占星術の星の動きを参考にしていて(おもに石井ゆかりさんの占いを参考にしている)、それこそ株の相場を見る際にも個人的には参考にしているのだけれど、本人が生まれもった資質や人生傾向にかんしては、紫微斗数で見たほうがわかりやすいと思っていて。

 

でもそれは仕事ありきではなく、あくまでも自分の楽しみとして勉強したり研究することを、わたしは欲していたんだなぁと。

 

それを仕事としてやらなきゃいけないって思うから、占いから距離を置きたくなったのだろうなと。

 

 

実はわたし個人を西洋占星術で見た場合、今年の5月からの一年は愛とクリエイティブな世界に豊かさがもたらされる時間帯なのだけれど(このブログを再開したのもその一つ)、そこには趣味や自分のための楽しみも含まれているんですよね。

 

さらには今年3月からの約二年ちょっとは厳しい師匠につく、もしくは独学で学んだりする期間でもあるんです。(つまりみんなでワイワイ楽しく学ぶという時間ではない)

 

自分にとってそれはなんなのかなぁ?もしかしてココからまじめに相場について学べということなのかなぁ?(イヤだなぁ)などと思っていたのですが、久しぶりに紫微斗数の本に目をとおして「ああ、コレだ」と思いました。

 

 

わたし自身のココ数年を西洋占星術で見た場合、まさにわたしにとっては「お金」の時間帯で、思っていたよりも早かった突然の相続をキッカケに株の世界に足を踏み入れ、そしてそこでまさに人生に必要なことを痛いほどに学んできて、それは今も日々続いていることなのですが、学術的に株について学ぶ気持ちにはまるでならなかったんですよね。

 

むしろソレは今後の人生を生きていくうえで必要な知識と経験を身につけ、自分自身が生きていくために必要な知識とチカラを培っていくことが目的であり、学びや楽しみといったその次のステージとはどうしても結びつかなかったんです。

 

コレが何か本業があって、趣味で株をやっている人なら学ぶことが楽しいのかもしれないけれど、わたしにとって株は生きる手段なので大まかなことがわかっていればそれでいいんですよね。

 

生きる手段に必要以上の探究心は不要。

 

 

今わたしは静かにうれしいです。

 

なぜならお金に結びつけることを考えずに、純粋に学び、探究する楽しさの対象に気づくことができたから。

 

それはなにより、わたし自身の人生を確実に豊かにしてくれる希望そのものだから。

 

ようやくわたしは次の世界の扉を開くことができるから。

 

それはわたしにとって、なにより大切なことなのです。

 

【追記】

 

後日さらなる紫微斗数の本が出てきました。

 

 

これらの本は購入してから10年以上経っているものも多いのですが、あのころの自分に現在の状況などまったく予想できませんでした。

 

思えば遠くへ来たもんだ。

 

でも本当にがんばってよかった。

 

あのころの自分に感謝したい。

 

 

 

 

 


W地元2023.06.08

いま住んでる地元の海を見ながら食事のできるレストランで地ビールを頼んだら、生まれ故郷(海ナシ県)の地ビールも扱っていたので両方頼んでみました。

 

いま住んでる地元の地ビール

 

 

 

生まれ故郷の地ビール

 

 

 

メニューを見てもしかして???と思って頼んでみたらビンゴだった。

 

営業のひと、がんばって群馬から神奈川まで売りこみに来たのかな。

 

 

 

 

 

天気がイマイチで海の色があまりキレイじゃなかったのは残念だったけど、海ナシ県育ちは海が見えるだけでテンションが上がる生き物なのです。

 

 

わたしの亡き父は老後は海の見えるところに住みたいと考え、いろいろ調べてみた結果、群馬は地震に強いという結論にいきついて結局、群馬で生涯を終えたのだけど、こうして海のある県に住んでみると、父の気持ちがわかるなぁと思う。

 

そーいえば、父は独身のころ横浜に住んでたことがあるらしいので、やっぱり海のある生活はよかったんだろうな。

 

ちなみに亡き母はもともとは東京の人なのだけど、定年退職した祖父が神奈川に土地を買って家を建てたので、わたしにとって神奈川は幼いころから馴染みのある場所でもあったんだけど、まさか自分が神奈川に住むことになるなんて夢にも思ってなかったな。

 

 

そんな想定外の神奈川県民生活も気づけば6年目に突入。

 

いろいろ事情があって、生まれ故郷の群馬に帰ることは考えていないけれど、離れているからこそなつかしく思える面もあるし、少し足を伸ばせば海の見える場所に行ける神奈川もなんだかんだで愛着が生まれてるし、人生っていうのは結局落ちつくべきところに自然と落ちつくものなのかもしれない。

 

ま、問答無用で東京が大好きなことは、なにがあっても変わらないんだけどね笑

 

 

 


ブログを再開させようと思った理由2023.05.24

若干、悪戦苦闘しながらもどうにかiPhoneからの投稿ができたので、ついでにもうひとつブログを再開させようと思った理由を。

 

これは西洋占星術の話になるのであるが、先週の17日に豊かさと拡大の星・木星がおうし座へ入座した。

 

ちなみにこのおうし座には2018年から改革と変革の星・天王星が滞在しており、まぁここからの一年間は(わたしにとって)2018年から始まっている愛の変革タイムに、豊かさが加わる一年なのである。(注・すべてのひとに当てはまるわけではありません)

 

まぁこの辺は2017年の11月に出会った今の彼との付き合いがそれそのものなので、我ながらおうし座天王タイムの改革をイヤというほど痛感&納得しているのであるが、実はココには愛以外にもいくつか象徴するものがあり、そのなかのひとつが「クリエイティブな活動」なのである。

 

 

最近ではすっかりクリエイター的な活動はしていなかったのだけど、ツイッターやFacebookに日々の頭と心の垂れ流しをすることは続けていて、それはやはりわたしは書くことがやめられない人間なのだなと思ったのだ。

 

写真や動画、イラストや漫画などそれぞれ表現方法はあるけれども、やはりわたしは「書くこと」が生きる糧であり、少なくともわたしにとってのクリエイティブな活動は書くこと以外にないのだなと。

 

本当ならかわいいイラストが描けたり、魅力的な動画が撮れれば時代に合った作品が創れると思うのだけれど、わたしには古のテキストタイプの表現しかできないのである。

 

 

まぁ正直、以前のようなビジネスライクな発想で創作活動をするわけではないので、本当にただの個人のオナニーブログであり、ソレ以上でも以下でもないのだが、それでもこうして書き始めると次から次へと言葉が出てくるので、やはりわたしにとって書くことは生きることなのであろう。

 

 


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