【音声ブログ】まずは数をこなしてみる♪2021.04.09

記憶は定かじゃないのですが、おそらく2年以上のブランクがあると思われる音声ブログ。

 

文字のブログとあわせて、少しずつ感覚を取り戻していくためにも、質はどうあれ、とにかく数をこなすことから始めてみようと思います♪

 

10分ほどの内容ですが、とくにテーマもなく話しているので、なんとなくでも聞き流していただければうれしいです♪

 

 

 


【MOELOG】反省よりも、今と未来2021.04.04

こんにちは、菅野萌です。

 

昨日からブログ更新を再開して、いくつか記事を書いたんですが、書きながらはもちろん、一日経ってみて、やはりブログを書く効能はあるのだなとハッキリ思いました。

 

たとえばわかりやすい例でいうとコレとか。

 

 

ただこうした物理的な面だけではなく、むしろ内面的・心理的・精神的な面において、大きな効果があるなと思ったんです。

 

そのなかでも、わたしの場合は過去を振り返ることで、当時は見えていなかった彼の気持ちが見えてきたことが、とても大きいなと思ったんです。

 

とくに彼と付き合い始めた当初は、彼自身が抱えていた問題とあわせて(ちなみにこの問題は、いまだ解決していない)、わたし自身も突然のヘルニア発症など、とにかく精神的にも身体的にも余裕がありませんでした。

 

正直、わたし自身にもう少し余裕があったら、(彼が抱えている問題を考えると)彼と付き合うことはなかっただろうなと思うくらい、当時のわたしにはいろんな意味で余裕がありませんでした。

 

まぁだからこそ、そういった要素もふくめて「縁とタイミング」という、人生の根幹を感じずにはいられないのですが。

 

 

時が経ち、相手の立場になってものごとを考えられるようになると、そのときには見えてこなかったものが見えてくる。

 

これは恋愛にかぎらず、どんなことにもいえます。

 

いちばんわかりやすいのは、こどもを育てる立場になって、ようやく親の気持ちがわかるようになった、なんてことでしょうか。

 

なにはともあれ、わたし自身、こうしてブログを書くことで今現在の気持ちを整理できるのはもちろん、当時は見えていなかった彼の気持ちが見えてきます。

 

もちろん、その反対に、やはりあのときの彼の言動はおかしい、と思うこともあります。

 

ですが、なかには「彼にあのことばを言わせてしまったのは、わたしだったんだ」と思うことも少なからずあります。

 

で、こうした気づきのなにが大切かって、ただ当時のことを反省して終わり、ではなく、【今現在のわたしと彼の関係】に活かすことができるという点なのです。

 

 

たとえば、いまさらわたしが元旦那さんとのことを思い返して、そこに自分の反省すべき点があったとしても、すでに終わった相手とのことをいくら反省したところで、それはたんなる自己満足に過ぎません。

 

なぜなら人間の性格は基本的に変わらないですから、たとえ相手が変わったとしても、また同じことを繰り返すのは、往々にしてよくあることだからです。

 

ですが【現在進行系】の相手との場合、それはただ自己満足で反省して終わり、ではなく、【いまココから】相手に対して言動をあらためることができるのです。

 

これってすばらしいことだと思いませんか?

 

 

人間、過去の振り返りもときには必要です。

 

あらためて思い返すことで、当時は見えていなかった相手の気持ちが見えてくるのは、たしかに有意義なことのひとつです。

 

ですが【すでに終わった相手】とのできごとを振り返ったところで、そこから生まれるものはなにもありません。

 

というか、人生を生きていくうえで、ぶっちゃけ反省なんて必要ないんですよね。

 

そんなものはなにも生み出さない、たんなる自己満足なんですから。

 

 

終わったことを悔いたところで、なにも始まらない。

 

大事なのは、常に現在、そしてこれから。

 

だからこそ当時は見えていなかった彼の気持ちが見えてくるのは、なにより「いま、そしてこれから」のふたりの関係に多大なる効能が期待できる。

 

これはブログ更新を再開してから初めて気づいたことなので、やはりブログにはツイッターFacebookなどのSNSにはないチカラがあるのだと思いました。

 

 

 


【W不倫】どんなことにも永遠はない、ということを知る。2021.04.03

こんにちは、菅野萌です。

 

先ほど長きにわたって付き合っていたW不倫の元カレとの思い出を、ほんの少しだけ書きました。

 

【MOELOG】2004.4.3

 

上記の記事にも書いたとおり、もちろんいまではこの彼とはいっさい連絡をとっていません。

 

たしか最後に電話がきたのも、もう一年前くらいの話ですし、そのときも元カレは「わたしが元気でやっているか?しあわせになっているのか?」ということを気にかけていましたし、いまさら男女の関係に戻るような話はいっさい、ありませんでした。

 

ただこのとき思ったことは「心配してくれることはありがたいけれど、あなたはわたしをしあわせにしてくれないのだから、(たとえソレが正しかったとしても)わたしにエラそうに意見をしないでほしい」ということです。

 

あんなにも大好きだった元カレに対して、ここまで冷静な感情をもてたのは、いまの彼のおかげであることは間違いありません。(いまの彼との関係が、しあわせかどうかは別として)

 

 

さて、いまのわたしは菅野萌としての活動をほとんどしていないこともあり、リアルにW不倫で悩んでいる方とお話する機会が、現状ほとんどありません。

 

ですので、もしかしたらコロナ禍という状態のなかで、ダブル不倫のカタチや悩みも多少は変わったのかもしれません。

 

ですが、どんなにカタチが変わろうとも、男女の本質は変わらないと思うのです。

 

とくにダブル不倫の恋に悩み苦しむ感情は、どんなカタチであれ根本的には変わらないでしょう。

 

もちろんカップルの数だけ付き合い方がありますから、悩みの詳細はそれぞれ違いはあるでしょうが、それでも根本的な部分は大きく変わらないでしょう。

 

ただ、わたし自身、元カレとどうしても再会したくて、元カレの近くに住みたくて離婚をし、池袋に住居をかまえたことを考えると、あそこまで大好きだった元カレへの想いでさえ、それはいつしか風化するものなのだな、ということを実感せざるをえないのです。

 

 

いまのあなたの悩みが、あなたの生活の大半を覆ってしまっているとしても、それは永遠に続くものではありません。

 

ましてやW不倫の関係など、いつ終わりが訪れても不思議のない関係なのです。

 

とはいえ、そうした理屈どおりに感情を落ちつけることはむずかしいでしょう。

 

なにも手につかないほど、彼のことであたまがいっぱいになってしまうひとも少なくないと思います。

 

ですが、そうした想いになにかしらのカタチで終止符が打たれる日は必ずきます。

 

むしろ中途半端に終わらせてしまったほうが、未練となってダラダラと尾を引いてしまうかもしれません。

 

また、たとえどんなに苦しい想いをしたとしても、その想いが報われることはほとんどありません。

 

ダブル不倫の関係とは、たとえどんなことばで取り繕ったとしても、遊びの関係であることが前提であり、その事実を忘れてしまうと、泥沼のような苦しみから、なかなか逃れることができません。

 

ですが、どんな苦しみにも、必ず終止符が打たれる日はきます。

 

それがどんなカタチで訪れるのかはわかりませんが、その苦しみが大きければ大きいほどに、案外その想いはスパッと断ち切ることができるかもしれません。

 

 

繰り返しますが、あなたのいまある苦しみが報われることは、ほとんどないでしょう。

 

ですが、その苦しみが永遠につづくことも、ほぼありえません。

 

もしも永遠に続くとしたら、それはあなたが苦しむことを望んでいるからであって、本気で解消したいと思えば、いつしか必ずその想いに答えがでる日はきます。

 

ましてやW不倫という関係は、遊びの関係。

 

そもそも本気になってはいけない恋。

 

そのことをしっかりと思い出して「どうやったら、この苦しみを解決することができるのか???」ということにスポットをあててみてくださいね。

 

だいたい「彼を好きな気持ち」なんてものは、あなたが思っている以上に不確かなもので、冷めてみれば「なんであんなに彼に執着していたんだろう??」と思うことも、少なくないのですから。(そのためにも、とことん苦しむ過程は大事)

 

 

 


【MOELOG】2004.4.32021.04.03

こんにちは、菅野萌です。

 

先ほど気づいたんですが、今日は土曜日の4月3日なんですね。

 

 

いまではもうすっかり過去の話となりましたが、菅野萌の活動を始めるキッカケともなった9年以上にわたるW不倫の彼とリアルで初めて会ったのが2004年の4月3日(土)なんです。

 

もちろんいまはまったく連絡をとっていませんが、たぶんいまでも連絡をとれば、袖すり合うも他生の縁ということわざもあるように、なにかあれば彼はわたしの話し相手にはなってくれるでしょう。

 

さすがにこれだけ長い時間をともに過ごせば、まったく知らない仲じゃないんだし、ということで、それなりに親身になって心配してくれている部分もあると思います。

 

ですが、いまのわたしは、たとえどんなにいまの彼とのことで思うことがあったとしても、元W不倫相手の彼に連絡をとろうとは思いません。

 

というか、そんなことを考えたこともありません。

 

なぜならそれらはけっきょく、その場かぎりの気休めであり、またいまの彼のことをよく知らない元カレが、わたしが求める以上の回答をもたらしてくれるとも思わないからです。

 

というか、そんな回答をもたらしてくれるひとなんて、どこにもいないでしょう。

 

それがわかっているから、いまさら元カレに連絡をとることなんて考えもしないし、だったらいまの彼に直接、想いを伝えるなり、自分の時間を充実させることのほうが、はるかに有意義で健全です。

 

 

ですが、2004年のころのわたしは、そうしたことをまったく理解していませんでした。

 

そもそも相談という名の愚痴を誰かにこぼしたところで、その問題は解決しないし、ましてや男の悩みをほかの男で埋めることほど無意味なことはなく、ただイタズラに自分を傷つけるだけです。

 

ですが、このころのわたしは、そうした現実を理解していませんでした。

 

どこかに逃げ場をみつけ、その場をコロコロ変えることでしか自分を守ることができませんでした。

 

もちろんそれは若さがあったからできたことともいえますが、年齢を重ねても同じような繰り返しをしているひとも少なくないと思います。

 

経験することでひとは学びますから、そのこと自体を否定するつもりはないのですが、あまりにも同じことを繰り返していると、やはり「少しは学べよ」ということになり、とくにW不倫の不毛なループにおちいっているひとには、どこかでそのループを断ち切ってほしいなと個人的には思っています。

 

 

それにしても先ほど数えて気づいたんですが、元カレとの出会いも17年前のことになるんですね、、、

 

あの日も桜が舞い散る季節で、桜というのは思い出に彩りを添える花だなぁとあらためて思ったりします。

 

またそれと同時に思うんです。

 

不器用で意地っ張りで、あたまの悪い行動ばかりしているけれど、そうして必死に自分なりに人生を模索してきたことに、それなりに意味はあったのだなと。

 

けっしていまも「あのころの自分がいるから、いまの自分がある」といえるほど落ちついた状態ではないし、なにが自分のしあわせなのか、いまだに模索している最中だけれど、それでもあのころの絶望に満ちた日々にくらべたら、はるかに健全で楽しい人生を送ってるなと。

 

そう考えると、この17年間という時間は、ほんとうに暗中模索の時期であり、少なくともここからは同じ模索をするにしても、もう少し的のしぼれた、答えをみつけやすい段階に入ったのかなと思います。

 

 

 


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