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【恋愛】もしもあなたが男性から大切に扱われたいのなら。2021.04.11

こんにちは、菅野萌です。

 

これは恋人でも夫婦でも、それこそすべての人間関係にいえることですが、相手に対して多く持つ不満のひとつに「自分はこんなに相手にあわせているのに(=ガマンしているのに)、相手はそれに気づかずに無神経な言動ばかりとる」というものがあります。

 

とくになにか大きな問題があるわけではないけれど、ちいさな不満の蓄積がたまりにたまっていく。

 

こうしたストレスは恋愛にかぎらず、ほんとうにすべての人間関係に当てはまるものだと思います。

 

ですが、仕事の関係や、こどもの付き合いから生じるママ友同士の付き合いなど、自分の意思だけではどうにもならないパブリックな関係はともかく、思いっきりプライベートな関係の恋人や夫婦関係でこうした不満が蓄積することは、その関係の破綻をまねくことにもなりかねません。

 

そもそもそうした不満が蓄積するということは、お互いに対しての敬意や思いやりが欠けている現れでもありますからね。

 

そうした悪い意味での甘えが生じた関係性は、けっしていい結果にはつながりません。

 

じゃあ最悪の結果にならないためには、どうするか?

 

 

これはわたし自身の経験からも自信をもっていえますし、いままでも数々の恋愛相談(ダブル不倫ふくむ)を受けるたびに繰り返しご相談者さまに伝えてきたことなのですが、よりよい恋愛関係を築きたいのであれば「自分自身の人生を生きる」という選択以外ありえません。

 

要は人生を生きるうえにおいて、「自分のペースを遵守する」ということですね。

 

 

もちろん恋愛関係は、もっとも濃いコミュニケーションのひとつですから、これはただたんに自分勝手な言動をとるという意味ではありません。

 

繰り返しますが、恋愛関係はもっとも身近で濃い人間関係ですから、相手の立場に立って、相手の気持ちに寄り添い、相手の歩調にあわせることも大切です。

 

むしろこうした姿勢がないからこそ、ちいさな不満が蓄積するわけですからね。

 

そこは絶対に必要なことであり、大切なことです。

 

ですが自分の都合をあとまわしにして、すべてを相手のペースに合わせることほど、その関係の破綻に近づくことはありません。

 

なぜなら世間一般では、それを「都合のいい女」というからです。

 

だからこそ相手からの思いやりを感じることがほとんどなく、どんどんちいさな不満が蓄積していくんですね。

 

たとえあなたがどんなにガマンして相手に尽くしたとしても。

 

 

根本的に男性は「強い女性」が好きです。

 

間違っても「あなたがいなければ生きていけない」なんてことばを口にする女性を、生涯かけて守ろうなんて思いません。

 

そもそも、なぜ男性が女性を守ろうとするのか?

 

それはその女性が精一杯、自分の足で立とうと努力し、誰かのチカラに依存しようとしないからです。

 

だからこそ男性は、その女性が倒れないよう陰から見守り、いざとなったら即座に手を差し伸べられる用意を常にしている。

 

そこを履き違えて「男は女を守るもの」という大前提であぐらをかいているから、どんどんぞんざいな扱いを受けるようになっていくのです。

 

強さと図太さは違いますからね。

 

とくに男性は図太い女性を嫌悪しますから、図太さの延長にある「こんなにわたしはガマンして、あなたに尽くしているのに」という理屈ほど、男性から嫌悪されるものはないです。

 

そうした理屈を通そうとするから、結果、相手の男性から大事にされない。

 

冷静に考えてみれば、ごくごく当然の結果なのです。

 

 

そもそも相手をサポートする、という姿勢は、相手にアピールするものではありません。

 

そんなことをする暇があったら、自分の人生を自分の足でしっかり立って歩くことを考えるほうが、はるかに健全で建設的です。

 

こうした姿勢になると、基本的に相手の都合に振り回されることってなくなりますからね。

 

そうなれば自然と自分のペースを遵守することにつながる。

 

ココがとても大切なことなんです。

 

 

繰り返し言いますが、あなたが相手の都合にあわせればあわせるほど、あなたは相手にとって「都合のいい女」になっていきます。

 

その先に、あなたの望むしあわせがあるのであれば、それはそれでかまわないですが、もしあなたが相手に軽んじられる存在になっていて、その問題を解消したいのであれば、まずはあなた自身の人生を歩むことをしっかり考えましょう。

 

そうすれば相手の男性だけにとどまらず、自然と世の男性があなたを大切に扱ってくれるようになりますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 


【恋愛】セオリーにとらわれない。2021.04.11

こんにちは、菅野萌です。

 

先日プライベートで、とあるゲームをしていて「セオリーにこだわらないって大事だなぁ」と思うことがありました。

 

要は「この攻略の仕方がベスト」みたいなものにとらわれていて、なかなかうまくいかずに、そのこだわりをやめてみたら、意外とそっちのほうがうまくいった、ということなんですが、これってゲームにかぎらず、どんなことにも当てはまりますよね。

 

もちろん恋愛にも。

 

 

恋愛でしあわせになるひとって、「彼氏彼女はこうあるべき」みたいな強いこだわりがないんですよね。

 

もちろんこれは夫婦関係にもいえるのですが、とにかくガチガチに凝り固まった理想やルールにとらわれていないんです。

 

そもそもそうしたセオリーって、自分自身がそう思うからというよりも、他者の意見や視線が気になるから・・・というケースのほうが大半です。

 

自分はそんなに気にしていなかったのに、周りのよけいなおせっかいによって、そこが急にクローズアップされてしまうということも少なくありません。

 

 

とくに女性同士は恋愛話のマウンティングをとる傾向がありますからね。

 

そうした積み重ねで徐々にメンタルをやられてしまうこともあるでしょう。

 

 

ですが恋愛において、周りの意見ほど、ほんとうにどうでもいいものってないんですよね。

 

だけど、あまりにも周りからそうしたことを言われつづけると、だんだん無視ができなくなる。

 

こうした負のループにハマると、恋愛でしあわせになるハードルが一気に上がります。

 

 

なぜならそこでの判断軸が、他人の価値観での判断になってしまうから。

 

そうなるとどうしてもブレが生じてしまう。

 

恋愛相談に友だちが適していないのは、こうした理由があるからなんです。

 

 

使い古されたことばではありますが、カップルの数だけしあわせのカタチはあります。

 

どうか「こうあるべき」という思考にとらわれずに、あなたと彼のしあわせのカタチをみつけてくださいね。

 

無責任な他人の判断軸なんて、ほんとうにどうでもいいものなのですから。

 

 

 

 


【恋愛】もしもあなたが短命な恋愛ばかりで悩んでいるのなら。2021.04.11

こんにちは、菅野萌です。

 

先ほど恋愛において、本能からのメッセージはけっして無視してはいけないということを書きました。

 

【恋愛】本能からのメッセージ

 

 

まぁこの記事を要約すると「今度こそ失敗しないように、うまくいく相手をみつけよう」と思ったときほど、その関係はうまくいかないですよってことなんですけど。

 

というか、そもそもひとは鏡ですから、自分自身が成長すれば出会う相手も変わって、過去と同じような失敗は自然としなくなっていくものなんですよね。

 

まぁそのぶん新たな課題がでてくるのが、人生というものなんですが。

 

だからこそいちばんの理想は、「ともに人生の荒波を乗りこなしながら、ともに成長していく」ってことなんですけど。

 

 

さて、わたしがみているかぎり、なんだかんだでいろいろありながらも長くつづいているカップルやご夫婦に多く共通していることに「互いが互いにないものを持っている=補い合っている」というものがあります。

 

よく恋愛や結婚で大事なのは価値観が合うことなどと言われていますし、もちろんそうした部分が大事なのも事実なんですが、なんだかんだで長くつづいているカップルやご夫婦は、「性格や考え方は全然ちがうけれど、お互いにないものを持っていて、お互いに補い合って助け合っている」んですよね、例外なく。

 

そしてそれはなにも物理的な面だけではなく、精神的な面にも同じことがいえる。

 

たとえば料理が苦手なひとのパートナーが料理を担当するように、ものすごくネガティブな考え方のパートナーが、めちゃめちゃ楽観的なことで救われることもある。

 

ふだんはそうした違いで意見が合わないことが多いとしても、要所要所でそうした違いが活きてくる。

 

だからこそ長くつづく。

 

長くつづいているカップルやご夫婦ををみていると、こういうケースって、ほんとうにとっても多いんです。

 

 

冒頭でも言ったように、ひとは鏡ですから、基本的にパートナーのレベルというのは、そのまま自分のレベルと判断して間違いないです。

 

もしも相手に不満があるのであれば、あなた自身がレベルアップをはからないかぎり、あなたが望むような相手と付き合うことは、かなりむずかしいでしょう。

 

ですが、その不満がたんに自分の趣味嗜好と合わない、という類のものであるなら、そこはそんなに重視する必要はありません。

 

もちろん趣味嗜好の合う相手であれば、よりベターですが、そんなものは同じ趣味嗜好の友だちや仲間と楽しめばいいのです。

 

それよりも、お互いに欠けているものを補い合って、助け合い支え合うことのほうが、はるかに重要です。

 

そこには互いへの信頼感も生まれますし、なにより互いに必要な存在となるからです。

 

 

もちろんこうしたケースがすべてではありません。

 

ですが、互いに違った視点をもてる同士のほうが、パートナーとしてはるかに重要な面があるのも事実です。

 

もしもあなたが短命な恋愛ばかりで悩んでいるのなら、そのあたりを見直してみるのもいいかもしれません。

 

もしかしたらあなたは「友だちや仲間で代用できる関係」ばかりを、恋愛に求めているのかもしれないですから。

 

 

 


【恋愛】本能からのメッセージ2021.04.11

こんにちは、菅野萌です。

 

突然ですが、みなさんは運命の出会いって信じますか?

 

正直わたしは数年前まで「運命のひと」の存在を信じていたのですが、現在ではいっさい信じていません。

 

と、こういう言い方をすると夢も希望もない感じがしますが、バツ2+未遂1の立場からいうと(プロフィール参照)、言ってしまうと誰と付き合おうが、また誰と結婚しようが、けっきょくのところ同じなんですよね。

 

 

どんなひとにもいいところもあれば悪いところもある。

 

 

とはいえ、元カレor元夫や元カノor元嫁の悪いところに懲りて別れた場合に「今度付き合うひと(もしくは結婚するひと)は、絶対にこういうひとじゃないひとにする」と、恋愛に疲れた男女が考えるケースも少なくないと思います。

 

いちばんわかりやすいのが「もう自分勝手なイケメンとの恋愛は懲り懲り、、、今度付き合うひとは見た目はよりも、性格重視で誠実なひとにしよう」なんてところでしょうか。

 

実際よくありますよね、数々のイケメンたちとの浮名を流してきた女性が、ものすごく平凡な男性と結婚したりするパターン。(ちなみに南海キャンディーズの山ちゃんと蒼井優さんご夫妻は、このパターンだと個人的には認識している)

 

 

もちろんこうした選択が間違っているとは思わないですし、むしろその選択でしあわせになるケースもあるわけですから、こうした考え方も一理あると思います。

 

ですが、けっきょくそのダメなパターンのタイプが自分の好みだったりして、けっきょく同じようなタイプとの恋愛を繰り返してしまうひとも多いですよね。

 

実際わたし自身も、過去に何度もそうしたことを繰り返してきました。

 

そしてそのたびに思うんです。

 

「あぁ、わたしはけっきょく、(今度こそは避けたいと思っていたのに)こういうタイプの男じゃないと好きにならないんだな」って。

 

 

恋愛にしても結婚にしても、ひとそれぞれ価値観の違いがありますから、なにが正しいとは言えませんし、そもそもパートナーに求めていることも、ひとによって違うでしょう。

 

だからこそ世の中には、不思議なカタチのカップルやご夫婦が存在するのだと思います。

 

もしかしたらそれを「運命のひと」と認識しているひともいるかもしれません。

 

ですが、実際にうまくいっているカップルやご夫婦をみていると、みなさん現在のパートナーを、とくに運命のひとなんて考えていないんですよね。

 

ただ基本的に相手との別れを考えていないだけで(というか、【別れる】という選択肢が、そもそもない)、だからこそ山あり谷ありな人生の波をともに乗りこなしつつ、いろんな落としどころをみつけて折り合いをつけているだけなんです。

 

でもそれこそが長続きの秘訣ともいえる。

 

長く続いているカップルやご夫婦をみていると、ほんとうにそう思うんです。

 

 

とはいえ、じゃあ相手が誰でもホントに同じ結果になるのか?といったら、もちろんそういうわけではありません。

 

自分にとって譲れないポイントや、それこそ好みの問題もありますから、そのあたりをクリアしていない相手の場合は、やはり人生の荒波をともに乗りこなすのは、かなりむずかしいでしょう。

 

とはいえ、そうあたまではわかっていても、「条件的な面では悪くないし・・・」とか、「もう二度と、ああいう想いはしたくないし・・・」と、過去の古傷を思い出し、目の前の現実から目をそむけてしまうことも、とくに結婚を意識した場合などはあるかもしれません。

 

 

ですが「このひとは違う」という本能からのメッセージは、まず当たっています。

 

またそうした本能の声に従わず、理屈で言い聞かせた関係は、まずうまくいくことはありません。

 

 

冒頭でも言ったように、誰と付き合おうが、また誰と結婚しようが、基本的には同じです。

 

 

運命のひとは自分でつくるもの。

 

 

すべてがピタッと当てはまるひとなんて、この世に存在しません。

 

だからこそ「このひとは違う」という本能からのメッセージは、まず当たっています。

 

またそうした違和感は、どんな理屈で抑え込んでもけっして消えることはありません。

 

つらい失恋のあとや結婚を意識した場合に、今度こそ失敗したくない(傷つきたくない)からと、理屈で恋愛をしようとするひとも少なくありませんが、そのときに「このひとは違う」と少しでも感じることがあったら、どうかその本能の声を無視しないでくださいね。

 

ヘタをしたら過去に受けた傷よりも大きな痛手を受けてしまうかもしれないのですから。(最悪の場合は、一生そこから逃れられない可能性もある)

 

 

 

 


【MOELOG】一生つづく、ということ。2021.04.09

こんにちは、菅野萌です。

 

先日からブログ更新を再開し、昨日からは文字のブログにつづいて音声ブログの更新も再開したのですが、やはりブランクがあると感覚が鈍るなぁ・・・ということを実感しています。

 

数年前までは「菅野萌といったら音声コンテンツ!!」というくらい、あたりまえのように更新していたものなのに、やらなくなるとほんとうに感覚って鈍るものなんだなと思います。

 

とはいえ、菅野萌のブログを再開するとなったら音声なくして語れません。

 

文字のブログとあわせて、音声ブログの感覚を取り戻せるよう、あまりあいだを開けずに更新していこうと思っています。

 

 

さて人間、なにか新しいことを始めるときや、長いあいだサボっていたことを再開するとき、必要以上に気負ってしまうことがあります。

 

もちろん、ある程度の課題を自分に課すことは(そしてその段階を少しずつ上げていくことは)とても大切なことなのですが、ヘンにがんばらなきゃ!!と気負いすぎた結果、空回りして終わってしまうことも少なくありません。

 

そもそも人間の決意ほどアテにならないものってないですからね。

 

決意というのは言ってしまえば「一時的な感情の高まりがピークに達したもの」ですから、そこからは下がる一方なんです。

 

3日坊主なんてのは、まさにその典型でしょう。

 

そしてわたしはこどものころから、3日坊主の天才でした。

 

とにかく最初だけは気合が入っているけど、そこがピークであとは下がるだけ・・・

 

幼いころからその繰り返しで、なにをやってもモノにならなかったことばかりです。

 

ですが、ブログ更新にかんしては「わたしができる数少ないこと」のひとつなんですね。

 

それは過去の経験から、自分自身がいちばんよくわかっています。

 

また自分なりにブログを育てる目的もありますから、ブログ更新をすることは長い目で見たら立派な投資なんですね。

 

だからこそ更新する価値があるし意義がある。

 

 

とはいえ、やはり人間、楽しいことでなければつづきません。

 

たとえその先に価値あるものがあったとしても、自分が楽しくないことを長くつづけるのは、苦行以外のなにものでもありません。

 

ましてやブログ更新なんて、土を耕す作業のごとく、ほんとうに地道な作業ですし、その先にたしかな果実が実るかどうかもわからない。

 

そんな状態のなかでブログ更新をしていくわけですから、少なくとも自分のなかに楽しい気持ちがなければ、ブログを育てるなんて作業はできるものではありません。

 

やっぱり大事なのは「やってて自分が楽しいか?」なんですよね。

 

それこそ投資だってそうです。

 

常に損するリスクと背中合わせなわけですからね。

 

投資そのものが楽しい(≒好き)という気持ちがなければ、とてもつづけられるものではありません。

 

たとえどんなことでも、他者からみて「なんであのひとは、あんなことをするんだろう?(できるんだろう?)」と思うことは、本人にとっては苦難もふくめて「楽しいこと」なんです。

 

だからつづく。つづけられる。

 

 

わたしにとってブログを更新することは「楽しいこと」です。

 

もちろん文章を書くことや音声を吹き込むことがめんどくさい日もありますし、内容によっては産みの苦しみを味わうこともあります。

 

そうした挫折で頓挫した企画も過去には山のようにあります。

 

ですが中身やカタチを変えても「ブログを更新すること」はつづいてる。

 

厳密にいえば数年のブランクはあるけれども、それでもあたまのどこかで「そろそろブログ更新を再開したい」という想いはあったし、完全にブログをやめるつもりもなかった。

 

言ってみれば、長い人生のなかでのちょっとした小休止。

 

ロングバケーションだったわけです。

 

 

繰り返しますが、どんなことでも楽しくないことはつづきません。

 

苦楽をふくめて「自分が楽しい」と思えることだからこそ、長くつづけることができる。

 

また「長くつづける(一生つづく)」という過程には、「(ときと場合によっては)一時的に休む期間がある」こともふくまれる。

 

 

むしろほんとうに自分が楽しいことって、一時的にそのことから離れても、ふたたびそこに戻ってくることなのかもしれません。

 

そしてそれは恋愛をふくめた人間関係全般にもいえること・・・なのかもしれません。

 

 

 

 

 


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