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もしも100%の成功保証が約束されていたとしたら、あなたはなにをやりたいですか?2020.08.22

こんにちは、菅野萌です。

 

いまのわたしは金曜日の15時を過ぎると「ああ、とりあえずコレでひとまずは相場のことを忘れられる」と、いつも思う生活をしているのですが、そんなわたしの今週のトレード成績は連敗続きで最悪だったんです。

 

さらには自分が買っていなかった銘柄にかぎって予想どおり価格が上がったのに対して、実際に購入した銘柄はさんざんという、それはそれはメンタルがやられる毎日だったんです。

 

そんなとき投資仲間(と、わたしが勝手に思っている)ツイッタラーさんの定期ツイートが目に入ってきたんです。

 

 

 

で、このツイートを読んで考えた答えがコレだったんですよね。

 

 

そもそもわたしは誰に言われるでもなく、自分の意志で投資の世界へ足を踏み入れました。

 

そこにはわたしが育ってきた環境要因も大きくかかわっているとは思いますが、少なくともイヤイヤやっていることではありません。

 

もちろん株ですから損することも多々ありますし、思ったとおりに動いてくれない株価と減っていくお金にメンタルがやられることもしょっちゅうです。

 

それでもわたしは相場を完全にやめるつもりはないというか、おそらくやめられないと思います。

 

そこにはいろんな理由がありますが、なんだかんだでわたしは株が好きなんだと思います。

 

でなければ、コロナショックで大損したときに、そうそうに足を洗っています。

 

でもわたしは株をやめることは考えなかった。

 

一時的には思わず死を考えるくらいの大損もしましたが、それでもやっぱりやめようとは思わなかった。

 

だからといって「株で負けたお金は株で取り返してやるぜ!!」みたいな感情的なものもなく、毎日吐きそうな気持ち悪さと闘いながらも「もう株なんてやめよう」とは思わなかったんですよね。

 

そこには「自分には、もうコレしかない」っていう最後の砦みたいなものもあるんですが、けっきょくのところ、わたしはなんだかんだで株相場が好きなんだと思うんです。つらいことも多いけど。

 

 

これは株にかぎらずなんでもそうですが、リターンを得たかったら、それなりのリスクをとらなければなりません。

 

ハイリターン・ハイリスクなんてのはその典型で、つまるところそこでわきあがる不安や恐怖をどれだけ乗り越えることができるか・・・がすべてなんですよね。

 

もちろん必ずしもリターンが得られるとはかぎりませんが、少なくともそのハードルを超えなかったら、自分が得たいものを得ることはできない。

 

それだけはたしかなことなんです。

 

 

誤解のないように補足しておきますが、わたしはリスクをとることを推奨しているわけでありません。

 

そのひとなりの安全・安定志向で生きることを否定しているわけでもありません。

 

ただ、そうした生き方が合う時代と合わない時代があるのも事実です。

 

そしておそらくこれからの時代は、安全・安定志向で生きていく人には、とても厳しい時代だと思います。

 

もちろんいまの仕事をやめて起業しろとか、そういうことを言ってるわけではありません。

 

自営が向いているのか、勤め人が向いているのかなんてのは、人それぞれです。

 

ただひとついえるのは、可もなく不可もなく穏やかに生きていければそれでいいという、ささやかな庶民の夢は、残念ながらかないにくい時代になっているのも事実です。

 

これからの人生のなかで、否が応でも自分自身の人生と向き合わければならないこともあるかもしれません。

 

もしもあなたの人生のなかで、そんな状況と対峙しなければならないことがおきたら、このことばを思いだしてほしいのです。

 

 

「もしも100%の成功保証が約束されていたとしたら、あなたはなにをやりたいですか?」

 

 

 

 

 


【MOELOG】半年という節目。2020.08.18

こんにちは、菅野萌です。

 

今年は梅雨が異常に長かったので、夏日が始まったと思ったら、もう八月も半ばを過ぎてしまっているんですね。

 

それとあわせてコロナもあり、今年の夏はいままでとはだいぶちがった過ごし方をしている方も多くいらっしゃると思います。

 

 

さてわたしは占いカウンセラーのほかに「投資家」の一面ももちあわせているのですが、個別株への投資を試験的に始めたのは今年に入ってからなんです。

 

それまでは投資信託のみで、個別株に手を出す勇気がなかったんです。

 

実際いまのわたしは、投資家2年生の駆け出しヒヨッコですからね。

 

それにしてもいま思い返すと、株を始めたタイミングは思いっきり最悪ですよね。

 

株を少しずつ試験的に買い始めたとたん、コロナショックに見舞われたわけですから。

 

おかげでわたしは、けっこうな額を損失したわけなんですが、ある意味ソレをきっかけに、本気で相場と向き合うようになったんです。

 

そんなこんなで気づけば半年近く、平日は相場に付きっきり、という生活をしていました。

 

そうしたなか経済ニュースなども見るようになり、いままでは触れたこともなかった情報源にふれるようにもなりました。

 

もちろん、いまのわたしの知識なんて基礎の基礎のそのまた基礎程度のものですし、まだまだこれからも知るべき知識は山のようにあるだろうと思います。

 

けれども少なくとも一年前はもちろん、半年前の自分がもっていなかった経験と知識は増えました。

 

まだまだ駆け出しヒヨッコ投資家とはいえ、着実に経験値をつみかさねています。

 

ただそうした日々を送っていると、ときどき相場に追われることから逃げたくなる日もでてくるんですよね。

 

実際、夢のなかでもトレードしていることなんて、しょっちゅうですし。

 

それだけわたしのあたまのなかには、いつも株式売買のことがあるんだと思います。

 

そしてそれは、けっして悪いことでもないと思います。

 

でもやっぱり、いまの生活パターンに疲れている自分がいるのも事実なんですよね。

 

そしてそれはやっぱり、あまりいいことではないですし、そうしたメンタルがトレードに及ぼす影響も大きいと思うんです。

 

というか、そう感じるんです。

 

 

でも、あたまのなかではそう思いつつも「やっぱり相場が動いているときは、ちゃんと相場と向き合わなくちゃ」と思い、何もすることがない日でも、日がな相場をながめる・・・なんて日々を送っていたんです。(実際にはほぼ毎日、なにかしらのトレードはしているのですが)

 

でもそんなことをしながら「コレって時間のムダだよなぁ、、、それにずっと相場をみていると、結果的に余計な取引が増えて、損失を増やすことにもつながってるんだよなぁ・・・」と思うことも増えたんです。

 

そして昨日、なんとなく「そろそろ毎日相場に付きっきりでいることはやめようかな」と思ったんです。

 

で、そんなことをツイッターにつらつら書いていたら気づいたんです。

 

そうか、わたしが真剣に相場と向き合い始めて、そろそろ半年が経つんだなと。

 

 

 

 

 

ツイートにもありますが、だいたいわたしがなにかを真剣に学ぶ場合、半年間はほかのことをせずに、そのことひとつに徹底的に集中するんです。

 

占いの勉強をしたときもそうでしたし、新しい事業を起こすときも、とりあえず半年をメドに考えて動いていました。

 

で、気づいたんですよね。

 

「相場と向き合うのも、そろそろ次のステージへ進む段階にきたんだな」って。

 

 

どんなことでもそうですが、ある程度の基礎を身につけたかったり、なにかしらの基盤をつくりたいのであれば、半年も真剣に打ち込めば、それなりのカタチになるものです。

 

もちろんそこからさらに、それらを深堀りしていくことも大切なんですが、ある程度の基礎を身につけたり基盤ができたのであれば、次のことへと目を向けて同時進行で進めていくことを増やしていかないとダメなんですよね。

 

じゃないと、どんどん停滞していってしまう。

 

それを自分自身の経験から、わたしは自然と学んできたんです。

 

そしてそれには、このブログを復活させることもふくまれている。

 

 

奇しくも明日19日は、しし座で新月が起こります。

 

新月は、ものごとの新たなスタートを切るのに、とても適しています。

 

わたしの場合、とくにねらっているわけではなくとも、こうした星の動きに連動してキモチの変化が起こることが多いのですが、今回もまた、わたし自身が次のステージへ進むために、相場と向き合うことはあたりまえのようにつづけつつ、また新たなことをいろいろ考え行動しながら、前に進んでいこうと思います。

 

 

 


【MOELOG】久しぶりのバケーションな一日。2020.08.18

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼と彼と共通の友人の3人で。

 

ちなみに友人(♂)は愛知在住なので、車で神奈川まで来てくれました。

 

わたし自身、彼以外のひとと外で飲食をともにするのは約5ヶ月ぶり。

 

友人も家族や会社の人以外と会うのは、やはり5ヶ月ぶりとのこと。

 

このご時世、なかなか思うようにひとと会ったり、でかけたりすることもできませんが、こうした時間をもつことはメンタルをたもつためにも、とても大切なことだと思いました。

 

 

思えば2014年の秋に離婚を決意したとき、6年後の自分の状況がどうなっているのかなんて、まったく想像もつきませんでした。

 

ほんとうにあんな先行き不確かな状態で、よくもまぁあんな決断ができたものだと我ながら思います。

 

けれども、いまのわたしは少なくとも6年前とはくらべものにならないくらい、毎日がしあわせです。

 

コロナという完全に想定外の状況にあるとはいえ、こうしたなか、コロナというリスクをとってでも会いたいと思える、また相手からも同じように思ってもらえる友人や仲間が、そんなに数は多くなくとも確実に存在する。

 

 

また、なんだかんだいいながらも、たぶんわたしはこのひととずっと一緒にいるんだろうなと思う存在もいる。

 

それはとてもしあわせなことであり、とはいえ、これから先の人生がどうなるのかなんて誰にもわからないことだけど。

 

たとえこの先、どんなことがあったとしても、自分がのちのち後悔をしない選択をしていこうと。

 

 

そんなことを思いました。

 

 

 


【MOELOG】「自殺ができる」ということ。2020.07.18

こんにちは、菅野萌です。

 

先ほど、三浦春馬さんが自殺という、とてもショックなニュースが入ってきました。

 

今回のことで初めて知ったのですが、三浦春馬さんは、まだ30歳だったんですね。

 

わたしのなかでは「恋空」のイメージがつよいので、もう少し年齢が上かと思っていたのですが、恋空のときってリアルに高校生の年齢だったんですね。

 

新垣結衣ちゃんのほうが年上だったことも、今回のことで初めて知りました。

 

もちろん10代のころから芸能活動をしているひとなんて山のようにいるけれど、今回の自殺のことを知ると「若いころから芸能界にいて、いろいろつらかったり苦しかったことがあったのかな・・・」と、一方的ではあるけれども勝手な想像をしました。

 

 

自殺ってもちろんいいことではありませんから、いろんな意見がありますよね。

 

それこそわたしの彼なんかは「自殺する人間には、たとえそこにどんな理由があったとしても、いっさい同情しない。かわいそうだとも思わない。どんな事情があったとしても、自殺するなんてバカだとしか思わない」という考えかたですし、それはそれで間違ってはいないと思います。

 

というか、たぶん正しいんだと思います。

 

 

ただわたし自身は、そう思えないんですよね。

 

なぜならわたし自身、とても病んだ人間なので、それこそいままでの人生で何度「死にたい」と思ったかわからないから。

 

人生を生きるなかで、なにかあるたびに「死んでしまいたい・・・この世から消えてしまいたい、、、」と思い、感情的に自殺を考えたことも何度もありますから。

 

けれども実際に自殺をする勇気なんてなくて、こうしていまもどうにかこうにか生き延びています。

 

でもだからこそ、自殺のニュースを聞くたびに思うんですよね。

 

「【自殺ができる】ということは、絶対にふつうの精神状態であるはずがない。だとしたら、そのひとはそうとう精神的に追いこまれていたんだろうな」って。

 

 

自殺の原因がなんなのかなんて、本人にしかわかりません。

 

遺された人間は推測することしかできません。

 

ただ「自殺ができる」精神状態というのは、まちがいなくふつうではないと思うのです。

 

だからこそ、なぜ彼が30歳という若さでみずから命を断ってしまったのかはわからないけれど、せめてそのことで彼自身が苦しみから逃れられたのであれば、そこにほんの少しだけ救いがあるように思います。

 

でもショックだけどね、、、

 

 

 


【MOELOG】「上達したい」という気持ち。2020.07.12

こんにちは、菅野萌です。

 

今日わたしが住む街は久しぶりに晴れ間がのぞくお天気で、ようやくシーツ類が洗えると朝から洗濯機をまわしていました。

 

雨は必要なものだけど、こうも毎日雨がつづくとほんとうにウンザリしてきます。

 

しかも九州などは豪雨の被害がでてますしね、、、

 

個人的にコロナと豪雨の組み合わせは想定どおりではあるのですが、実際に被害にあわれている方たちは心が折れるような想いをされていることと思います。

 

とにかく少しでも早く、この状況がおさまってくれることを祈るばかりです。

 

 

さて、こちらの記事でも書きましたが、いまのわたしには3つの顔があります。

 

【MOELOG:ほしよみ雑記】やぎ座の月食で定まったこと。

 

そのなかでも、いまのわたしのいちばんのメインの顔は投資家の顔です。

 

わたし自身、なによりもこの部分に時間と労力を割いています。

 

と、こんな言い方をするとなんだかすごそうですが、まだまだ投資家2年生のわたしには勉強の毎日で、自分の才能とセンスのなさにウンザリすることばかりで、ときに絶望的な気分になることすらあります。

 

ご多分に漏れずコロナショックで大損もしましたしね。

 

それこそ小さな失敗なんて、ほんとうにイヤになるほど日常茶飯事です。

 

 

正直「自分に投資は向いてないのかな・・・やめたほうがいいのかな・・・」と思ったことも何度かあります。

 

でも最終的に本気でやめようとは思わなかったんですよね。

 

 

一時期は、いっさい売買をせずに、ひたすら相場を眺めているだけの日々もありました。

 

ですが、ツイッターで参考にさせていただいている投資家さんたちのツイートや、そこから派生して生まれた投資家仲間のツイートを見ていると、やっぱりどうにかしてマーケットから退場させられないようにしようと思ったんです。

 

 

【わたしは長くマーケットにいたい。退場させられたくない。そのためにはどうすればいいのか?】

 

 

そこに思考が移っていったんです。

 

そしていろんなひとのツイートを参考にしたり、自分で調べて考えたり、相場を眺め、チャートを眺め、そして実際の売買で失敗(損失)を繰り返すたびにわかったんです。

 

 

わたしはヘタクソなんだと。

 

投資家としての腕は三流以下なんだと。

 

 

そのことに気づいたとき、わたしのなかに生まれてはじめての感情が生まれたんです。

 

 

「(売買取引ふくめ)相場がうまくなりたい」と。

 

 

これはつきつめていけば「損したくない」「儲けたい」ということにつながります。

 

株式相場の取引をするのですから当然のことです。

 

でもそれはあくまでも「相場がうまくなった結果」に付いてくるものであって、わたしがもとめているのはそこではないんです。

 

とにかく「うまくなりたい」んです。

 

絶望的すぎるほどに相場の才能もセンスもなく、売買取引もヘタクソな自分の腕を、どうにかして少しでも上達させたいと思ったんです。

 

 

実はわたし、いままでなにかに対して「うまくなりたい」と思ったことがないんです。

 

すべてはテキトーなところで、ある程度できればいいやとか、自分に向いていないものは最初からパスとか、そんな感じでずっと生きてきたんです。

 

「言われたことを言われたとおりにしておけばいい」というのがデフォで、向上心というものがまったくなかったんです。

 

だから何をやっても続かないし、すべてが中途半端。

 

それがわたしのいままでの人生だったんです。

 

 

そんなわたしが生まれてはじめて「うまくなりたい」と思ったのが相場でした。

 

正直、こんな感情を抱いたことがないので、自分でもこの感情が、どんなふうに変化していくのかわかりません。

 

だけど少なくとも「絶対にやらなければならない」ことではなく、ましてや誰かに言われているわけでもないのに、こうした感情が生まれたということは、きっと相場と向き合うことは、これからのわたしの人生に少なからず寄与してくることだと思うんです。

 

 

だって、やめたくないんだもの。

 

マーケットに長くいたいんだもの。

 

退場させられたくないんだもの。

 

 

だったら、うまくなるしかない。

 

そう思ったんです。

 

 

思うに、少し前までのわたしは「損したくない」「お金を増やしたい」「願わくば大儲けしたい」という気持ちに囚われていました。

 

でも、それがすべての敗因だったんですよね。

 

そういうのも相場の格言として聞いたことはあるけれど、ようやく自分のなかで、こうした格言の意味を少しだけ落とし込むことができたように思います。

 

 

そしてたぶん・・・たぶんだけど・・・

 

たぶんわたしは亡き父と同じように、死ぬまで相場と一生、付き合っていくのだと思います。

 

たぶんね。

 

 

 

 


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