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W地元2023.06.08

いま住んでる地元の海を見ながら食事のできるレストランで地ビールを頼んだら、生まれ故郷(海ナシ県)の地ビールも扱っていたので両方頼んでみました。

 

いま住んでる地元の地ビール

 

 

 

生まれ故郷の地ビール

 

 

 

メニューを見てもしかして???と思って頼んでみたらビンゴだった。

 

営業のひと、がんばって群馬から神奈川まで売りこみに来たのかな。

 

 

 

 

 

天気がイマイチで海の色があまりキレイじゃなかったのは残念だったけど、海ナシ県育ちは海が見えるだけでテンションが上がる生き物なのです。

 

 

わたしの亡き父は老後は海の見えるところに住みたいと考え、いろいろ調べてみた結果、群馬は地震に強いという結論にいきついて結局、群馬で生涯を終えたのだけど、こうして海のある県に住んでみると、父の気持ちがわかるなぁと思う。

 

そーいえば、父は独身のころ横浜に住んでたことがあるらしいので、やっぱり海のある生活はよかったんだろうな。

 

ちなみに亡き母はもともとは東京の人なのだけど、定年退職した祖父が神奈川に土地を買って家を建てたので、わたしにとって神奈川は幼いころから馴染みのある場所でもあったんだけど、まさか自分が神奈川に住むことになるなんて夢にも思ってなかったな。

 

 

そんな想定外の神奈川県民生活も気づけば6年目に突入。

 

いろいろ事情があって、生まれ故郷の群馬に帰ることは考えていないけれど、離れているからこそなつかしく思える面もあるし、少し足を伸ばせば海の見える場所に行ける神奈川もなんだかんだで愛着が生まれてるし、人生っていうのは結局落ちつくべきところに自然と落ちつくものなのかもしれない。

 

ま、問答無用で東京が大好きなことは、なにがあっても変わらないんだけどね笑

 

 

 


ブログを再開させようと思った理由2023.05.24

若干、悪戦苦闘しながらもどうにかiPhoneからの投稿ができたので、ついでにもうひとつブログを再開させようと思った理由を。

 

これは西洋占星術の話になるのであるが、先週の17日に豊かさと拡大の星・木星がおうし座へ入座した。

 

ちなみにこのおうし座には2018年から改革と変革の星・天王星が滞在しており、まぁここからの一年間は(わたしにとって)2018年から始まっている愛の変革タイムに、豊かさが加わる一年なのである。(注・すべてのひとに当てはまるわけではありません)

 

まぁこの辺は2017年の11月に出会った今の彼との付き合いがそれそのものなので、我ながらおうし座天王タイムの改革をイヤというほど痛感&納得しているのであるが、実はココには愛以外にもいくつか象徴するものがあり、そのなかのひとつが「クリエイティブな活動」なのである。

 

 

最近ではすっかりクリエイター的な活動はしていなかったのだけど、ツイッターやFacebookに日々の頭と心の垂れ流しをすることは続けていて、それはやはりわたしは書くことがやめられない人間なのだなと思ったのだ。

 

写真や動画、イラストや漫画などそれぞれ表現方法はあるけれども、やはりわたしは「書くこと」が生きる糧であり、少なくともわたしにとってのクリエイティブな活動は書くこと以外にないのだなと。

 

本当ならかわいいイラストが描けたり、魅力的な動画が撮れれば時代に合った作品が創れると思うのだけれど、わたしには古のテキストタイプの表現しかできないのである。

 

 

まぁ正直、以前のようなビジネスライクな発想で創作活動をするわけではないので、本当にただの個人のオナニーブログであり、ソレ以上でも以下でもないのだが、それでもこうして書き始めると次から次へと言葉が出てくるので、やはりわたしにとって書くことは生きることなのであろう。

 

 


これからは個人のサイトということで。2023.05.24

先日、長年Facebookをフォローさせていただいているとある方が、これからはSNSではなく個人のサイトの時代なので、最近はブログに日記を書いている(要約)とおっしゃっているのを見かけた。

 

わたし自身もソレをなんとなく感じていたのと、ときどきブログを書こうかなと思いつつ、以前のような内容を書く気にもならずに長らく放置していたこのブログに日記を書こうかなと思いついた。

 

といっても必ず毎日書くというわけではなく、ただSNSだと流れてしまう内容を自分のなかで書き留めておきたい、また下書き状態のSNSの内容をブログに書くことで、頭のなかを整理させるというのが目的なので、あまり読み手の方を意識した内容にはならないかもしれない。

 

またこのブログはパソコンからしか更新したことがなかったのだけど(パソコンのブラインドタッチで書くほうがラクだったから)、最近はパソコンよりiPhoneのほうが手軽になんでもできるので、まずは試しにとこの記事を初めてiPhoneから投稿している。

 

ということで、まずはテスト投稿。

 

 

 


結婚すべき相手とは2022.04.30

こんにちは、菅野萌です。

 

いまわたし、NHKで放送されている「正直不動産」というドラマを観ているんですが、先日、そのドラマの中でとてもこころに響く言葉があったんです。


 

 

それは山下智久さん演じる永瀬財地が、結婚について祖母から言われたという言葉で

 

【この人なら一緒に暮らせそうと思う人と結婚するのではなく、この人がいないと生きていけないと思う人と結婚しなさい】

 

というものなんですが、過去に二回の離婚と結婚式のドタキャンというバツ2.5のわたしのこころには、かなり響くものでした。

 

というのも、わたしは過去の3人の男性に対して、まさに「この人となら一緒に暮らせそう」という基準で結婚という選択をしたからです。

 

逆に言うと、「この人がいないと生きていけない」なんてカケラも思っていなかったのです。

 

そしてそれを当時のわたしは、賢明な選択だと思っていました。

 

その結果、バツ2.5という身上になったわけですから、賢明どころか愚かな選択をしたということにほかならないのですが。

 

 

よく結婚と恋愛は別だと言いますし、実際そのとおりなんですが、それは好きな人と結婚することが前提になければ、やっぱりいろいろおかしなことになるんですよね。

 

「結婚相手を条件で選ぶ」なんてのはその典型で、もちろん結婚生活を成り立たせるための基盤は大切ですし、必要なものなのですが、気持ちより先にソレがきてしまうと、その条件が崩れたとき夫婦関係が破綻するのは、ほんとうによくある話です。

 

長い人生、最初に思い描いたとおりの結婚生活が続くなんて、ほぼほぼ不可能なわけで、人生のさまざまな変化をともに乗り越えていけるのは、やっぱり相手に対する気持ちがないとむずかしいんですよね。

 

実際わたしは、そうした気持ちが相手に対してなかったから、結果バツ2.5という身上になったわけで。

 

だからこそ、この言葉がとてもこころに響いたんです。

 

 

人間、いろんな「好き」がありますから、こころのなかに好きな人が多くいることは不思議なことではありません。

 

たとえ結婚をしていても、気持ちのなかで配偶者以外のひとを想うことも、長い人生のなかではあるでしょう。(行動に移すかどうかは別として)

 

けれども、「この人がいないと生きていけない」と思う相手は、そうそう出会えるものではありません。

 

仮にそう思ったとしても、それは愛情ではなく、相手に対する執着であることも、現実にはよくある話です。

 

そしてたぶん、もしそう思う相手と出会った場合、おそらくそれはどちらか片方がそう思うのではなく、互いに相手を必要としあう関係だと思うのです。

 

たとえその過程が山あり谷ありの、でこぼこ道であったとしても。

 

 

わたし自身は若かりしころから結婚に対して歪んだ考えを持っていたので、過去に失敗ばかりを繰り返してきました。

 

けれども、この言葉を聞いて、ようやくハッキリわかったのです。

 

わたしが結婚すべき相手は、いまの彼なのだなと。

 

過去にさんざん回り道をして、失敗を繰り返してきたけれど、そのおかげでようやく結婚の本質に気づけたのだなと。

 

この言葉は、わたしのなかにあった迷いや雑念を払拭してくれました。

 

それはモヤのかかった霧が晴れたように、わたしの心に大きな光を与えてくれたのです。

 

 


 

 


熟年離婚をする心理と現実2022.04.25

こんにちは、菅野萌です。

 

実はわたし、この半年ほどで身近なひとから二組の熟年離婚の話を聞いたんです。

 

ちなみにどちらのご夫婦も70代で、どちらのご夫婦も奥さんのほうから別れを切り出したらしいんです。

 

いわゆる「嫁に捨てられた」ってヤツですね。

 

わたし自身、過去に二回の離婚と結婚式のドタキャンというバツ2.5であり、またそれらすべてがわたしの方から別れを切り出しているので、女性側の気持ちがわからないことはありません。

 

むしろ70代に入ってから離婚を決断するということは、本当に別れたかったんだろうなと思います。

 

そしてそれはそう思わせた旦那側の責任であるので、捨てられた旦那さんがかわいそうだなんて微塵も思いませんし、もっと言うならば、それがお前の生き様なんだよくらいにしか思いません。

 

基本、女が別れを告げるのは200%男が悪い。

 

 

でもね、現実のわたしはまだ50代に入ったばかりなので、70代に入って離婚をするという気持ちは正直、よくわかりません。

 

わたしの感覚でいうと、晩年をひとり寂しく過ごさないために、またその相手が誰でもいいわけではないからこそ、早め早めの選択で、わたしは離婚をしてきたわけです。

 

むしろ熟年離婚をしたくなかったからこその離婚。

 

真に生涯をともにできる相手と出会いたいからこその離婚。

 

もちろん、そこには子どもの有無も関係してきますから、わたしに子どもがいなかった(つくらなかった)というのは大きな要素です。

 

ですが、お子さんがいる場合、子どもが成人するまでは・・・というのを差し引いても、70代に入っての離婚は子どもの有無を超えたものがあると思うのです。

 

おそらくそこには「死」がリアリティをおびた現実が見えてきて、「残りの人生、このまま終わるなんて冗談じゃない」という想いが少なからずあると思うのです。

 

あくまでも想像の範囲ではあるのですが。

 

 

先程も書いたように、わたしの感覚でいうと、70代で離婚をするって、ふつうの感覚じゃない。

 

「まぁいろいろあったけど、なんだかんだでここまで一緒にきたんだから、このまま最期まで一緒にいよう」と思うのが、ふつうの感覚。

 

それを超えて離婚を決断するというのは、もう本当に嫌なんでしょうね、旦那さんと一緒にいることが。

 

そして、そういう想いは年齢を重ねて風化するなんてことはなく、むしろ死が近づくことによって、より強くなるものなのかもしれない。

 

 

でも現実問題、どうせ離婚をするのなら、もっと早くすればよかったのにと、わたしは思ってしまう。

 

まぁなかなかできない現実があったのかもしれないけど、でも70代に入ってから離婚をするって、かなりパワーがいるし、やっぱり若いときの離婚よりもいろいろ大変だと思う。

 

それこそ住む場所ひとつとっても、老人の一人暮らしが部屋を探すのは本当に大変。

(実際、話を聞いたかぎりでは、やっぱり大変そうだったし、もしわたしが大家さんだったら、老人の一人暮らしに部屋を貸したいなんて思わない)

 

そう考えると、結論を先延ばしにしてもいいことなんてひとつもないし、どんなに遅くとも50代のうちには白黒ハッキリつけておかないと、のちのち「こんなに大変な想いをするなら、もっと早く、ちゃんとケジメをつけておけばよかった・・・」と後悔することも十二分にあり得るな、と思いました。

 

それにしても、いまの70代はアグレッシブ!!

 

 

 


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